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Primary Care for Mental Health
メンタルヘルスに、プライマリケアの視点を。
職場のメンタル不調の大半は、精神科・心療内科の外来にたどり着く前の段階にあります。予防から治療まで、重症度に応じて切れ目なく支える診療モデルを、医療者の視点から整理しました。
監修:田中 奏多(心療内科医) | 対象読者:医療機関・産業保健関係者 | 公開日:2026-07-01
Introduction
「メンタルヘルスのプライマリケア」とは、こころの不調を、健康な状態から休職・治療までのひと続きの連続体としてとらえ、重症度に応じて担い手と手段を切り替えながら、誰も落ちこぼさずに支える考え方です。
専門医療の質を高めることと、地域・職場の裾野を支えることは、別の課題です。この記事では、受療行動の疫学、予防から治療までの7層モデル、そして産業医と臨床医の協働という視点から、その全体像を医療者向けに整理します。
01 ─ The Ecology of Care
専門医療は「氷山の一角」である
医療のかかり方を人口ベースで観察すると、症状を抱える人のうち高度専門医療に到達するのはごく一部にすぎません。福井次矢氏らが日本の一般住民を対象に示した「受療行動」のデータは、その構造を端的に表しています。
ここで視点を反転させると、モデルの意味がはっきりします。患者の側から見れば、生活に身近な日常的な医療こそが「川上」であり、入院や高度医療はその「川下」にあたります。予防・早期対応という上流を厚くするほど、下流にあたる専門医療・入院への流入は減っていく——この構図は、メンタルヘルスにもそのまま当てはまります。
メンタルヘルスでも、構造は同じ
強い症状で精神科・心療内科の外来にたどり着く人の背後には、診断名がつく手前で働きながら苦しんでいる人が桁違いに多く存在します。職場の文脈では、この裾野は次の連続体として現れます。
出勤はしているが、不眠・不安・意欲低下でパフォーマンスが落ちている段階。最も人数が多く、最も見えにくい。
遅刻・欠勤・早退が増える段階。周囲が「異変」に気づき始める。
就業が困難になり、診断書・治療・復職支援が必要になる段階。専門医療が中心的に関わる。
専門医療だけを強化しても、裾野の大多数には届かない。必要なのは「入口から出口まで」の設計。
02 ─ The Model
予防から治療まで、切れ目なく
健康な状態から休職・治療まで。関わる担い手も、セルフケアからラインケア、事業内・事業外スタッフへと段階的に移ります。層が深くなるほど専門性は高まり、対象人数は絞られていきます。

もう一つの軸 ─ 産業医 × 臨床医で「立体」になる
この図は一枚の平面ですが、実際の現場ではもう一つの軸が加わって立体になります。産業保健は、企業や社会に対して予防・環境づくりという“上流”からアクションを起こせる領域です。一方で臨床医は、個人の診断・治療という“下流”を担います。同じ不調を、集団と個人という別の角度から見て受け渡す——この二つの視点が組み合わさって初めて、モデルは奥行きを持って機能します。
企業・職場・社会に働きかけ、予防、環境調整、早期発見を担う。対象人数の多い上層(セルフケア〜ストレスチェック)を面でカバーする。
個人の診断・治療・再発予防に責任を持つ。重症度の高い下層(リワーク〜薬物・TMS治療)を、一人ひとりに合わせて担う。
03 ─ Seven Layers
7つの層を、担い手ごとに
同じ「メンタルヘルス」でも、健康な段階と休職の段階では、必要な関わりも担い手もまったく異なります。各層がどこを守り、誰が担うのかを整理します。
04 ─ Why It Matters
なぜ、医療者がこの視点を持つべきか
専門医療の質を高めることと、地域・職場の裾野を支えることは、別の課題です。プライマリケアの視点は、その両方を一つの連続体としてつなぎ直します。
「休職してから」ではなく、プレゼンティーズムの段階で関われる。早く関わるほど、重症化と離脱を防げます。
すべてを主治医が抱えない。産業保健・心理・リワークと役割を分けることで、専門医療は本来の重症度に集中できます。
睡眠・生活・認知・TMSなど、薬物以外の選択肢を層として組み込める。再発予防の設計がしやすくなります。
治療のゴールが「症状消失」ではなく「働ける状態への復帰」になる。復職支援まで含めて連続的に設計できます。
薬を処方するだけでなく、「環境」も処方する
プライマリ・ケアが定着した英国では、対話を通じて生活や職場の背景を引き出し、必要に応じて地域資源や支援団体につなぐ「社会的処方(Social prescribing)」が実践されています。診断名をつけて薬を出すことがゴールではなく、その人のニーズや生活実態に沿って全人的・継続的に関わることが、本来の「川上」の医療とされます。
メンタルヘルスのプライマリケアも同じ発想に立ちます。薬物治療は数ある選択肢の一つにすぎず、睡眠・生活習慣の立て直し、職場環境の調整、リワークによる社会復帰までを射程に入れる。「環境・身体・認知」を分解して扱い、再発しない形で働ける状態まで伴走する——この連続性こそが、単発の受診では届かない価値を生みます。
05 ─ The Three Physicians
上医・中医・下医 ─ 「未病を治す」という発想
東洋医学には古くから、医のあり方を三段階でとらえる考え方があります。『黄帝内経』にみられる「上工(上医)は未病を治す」という思想や、「上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す」という言い回しです。病名がついてから治すことよりも、病になる前の環境や生活に働きかけることを上位とみなす——この価値観は、メンタルヘルスのプライマリケアとそのまま重なります。
上医 ─ 未病を治す
病が形になる前に、社会・企業・職場の環境へ働きかける。予防・健康経営・早期発見にあたり、産業保健が担う「上流」の領域です。
中医 ─ 人を医す
病名ではなく「その人」を、生活・仕事・こころごと診る。全人的・継続的に関わる、プライマリケアの中核にあたる視点です。
下医 ─ 已病を治す
すでに現れた症状・疾患を、専門的に治療する。薬物治療やTMS治療など、臨床医が担う「下流」の領域です。
Supervised by ─ 心療内科医
田中 奏多(たなか かなた)
専門:心療内科・睡眠障害内科
「こころ・脳・身体」の観点から状態を分解し、診断書の発行だけでなく、再発しない形で社会に復帰し、自立して働ける未来を目指す診療を行っています。
働く人の心の
診療実績
TMS治療
(薬に頼らないうつ治療)
著書・
監修書籍
メディア出演
・掲載・講演
FAQ
医療者からよくある質問
「メンタルヘルスのプライマリケア」は、産業保健と何が違うのですか?
専門医療(主治医)の役割は小さくなるのですか?
「上医・中医・下医」とは何ですか?
産業医と臨床医は、具体的にどう連携するのですか?
Get Involved
この考え方を、
あなたの診療にも。
メンタルヘルスのプライマリケアという設計思想に関心をお持ちの医療者・産業保健関係者の方へ。モデルの詳細資料の共有、連携、見学のご相談を承っています。
出典:Fukui T, et al. JMAJ 2005; 48: 163–167 / White KL, et al. The ecology of medical care.(英国, 1961)/ 三原岳「プライマリ・ケアで読み解く地域医療構想」(ニッセイ基礎研究所)/ 『黄帝内経』ほか「治未病」の思想 / 監修:田中 奏多