メンタルヘルスのプライマリケア医として|予防から治療まで7つの層で支える診療理念|ベスリクリニック東京






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Our Philosophy

メンタルヘルスの、プライマリケア医として。

診察室に来られる人しか救えない。それが、臨床を続けるほどはっきりしてきた事実でした。だから当院の医師は、全員が心療内科医であると同時に産業医です。目の前の一人を診る臨床医の視点と、その人が戻っていく職場を診る社会の視点を、一人の中に併せ持つ。予防から治療までの7つの層と、そこで当院が担う役割を、医療者・産業保健関係者に向けて説明します。

上医はいまだ病まざるものの病を治し、中医は病まんとするものの病を治し、下医はすでに病みたる病を治す。― 東洋医学に伝わる言葉

執筆・監修:田中(心療内科医/産業医) | 対象読者:医療機関・産業保健関係者 | 公開日:2026-07-11

Introduction

診察室で私が向き合うのは、すでに眠れなくなり、すでに休職に至り、すでに自分を責め尽くした人たちです。薬物治療も、TMS治療も、睡眠生活指導も、必要で、有効で、誇りを持って行っています。それでも診察を重ねるほど、同じ問いが残ります。この人は、いつから病んだのだろうか。

多くの場合、答えは「診察室に来る、ずっと手前」です。相談できる相手がいなかった。休むと言い出せない空気があった。体調の波を抱えたまま働き続けることが当たり前とされていた。そこには、個人の意思や努力ではどうにもならない環境が横たわっています。

臨床の現場でどれだけよい治療を用意しても、そこに来られる人しか救えない。だとすれば、臨床だけを続けることは、その手前で脱落した人を構造的に見落とし続けることを意味します。私たちが「治療だけをする医療機関」であることをやめたのは、この一点に尽きます。

その考え方を、当院は体制として持っています。当院の医師は、全員が心療内科医であり、同時に産業医です。診察室で個人を診る視点と、その人が戻っていく職場という環境を診る視点。この二つを別々の専門職が分担するのではなく、一人の医師の中に併せ持つ。それが当院の設計です。そのうえで当院は、後述する7つの層すべてに関わっています。

本稿では、職場のメンタルヘルスを7つの層としてとらえる考え方を示したうえで、その各層に当院がどう関わっているかを説明します。

01 ─ The Seven Layers

職場のメンタルヘルスは、7つの層でできている

健康な状態から休職・治療まで。関わる担い手も、セルフケアからラインケア、事業内スタッフ、事業外スタッフへと段階的に移ります。層が深くなるほど専門性は高まり、対象人数は絞られていきます。この一枚が、当院の理念を説明するうえでの土台です。

Figure 1
図1|メンタルヘルスのプライマリケア ─ 予防から治療まで、切れ目なく。7つの入れ子状の層が左上から右下へ階段状に重なり、外側(上層)ほど対象人数が多い予防的ケア、内側(下層)ほど専門的で重症度の高い治療にあたる。上から、健康経営・ビジネススキルとしての健康管理/不調や異常の早期発見・早期対応/ストレスチェック/ビジネスリワーク/ビジネストラウマトレーニング/睡眠生活指導/薬物治療・TMS治療。右の縦軸は重症度を示し、一般社員・プレゼンティーズム・アブセンティーズム・休職へと進む。下部の担い手は、会社全体(セルフケア)、部署全体(ラインケア)、産業医・産業保健師(事業内スタッフ)、リワーク・カウンセラー・保健師・主治医(事業外スタッフ)。

この図の読み方は、二通りある

一つは、医療機関の側から読む読み方です。図の右下、いちばん内側の濃い層が、精神科・心療内科の外来が向き合っている領域にあたります。専門性は最も高く、対象人数は最も少ない。ここだけを担うのが、一般的な医療機関の姿です。

もう一つは、働く人の側から読む読み方です。左上の広い層には、まだ不調ではない人、あるいは出勤はしているがパフォーマンスが落ちているだけの人が、圧倒的多数として存在します。この人たちにとって、右下の層はまだ遠い。そして遠いままでいられるかどうかは、左上の層がどれだけ厚いかで決まります。

もう一つの軸 ─ 産業医 × 臨床医で「立体」になる

この図は一枚の平面ですが、実際の現場ではもう一つの軸が加わって立体になります。産業保健は、企業や社会に対して予防・環境づくりという“上流”からアクションを起こせる領域です。一方で臨床は、個人の診断・治療という“下流”を担います。同じ不調を、集団と個人という別の角度から見て受け渡す。この二つの視点が組み合わさって初めて、モデルは奥行きを持って機能します。

産業医・産業保健 ─ 上流/面で効く

企業・職場・社会に働きかけ、予防、環境調整、早期発見を担う。対象人数の多い上層(セルフケア〜ストレスチェック)を面でカバーする。

臨床医 ─ 下流/個で効く

個人の診断・治療・再発予防に責任を持つ。重症度の高い下層(リワーク〜薬物・TMS治療)を、一人ひとりに合わせて担う。

通常、この二つの軸は別々の担い手に分かれています。当院ではその二つを、一人の医師が併せ持ちます。その意味は第5章で述べます。

下へ、右へ行くほど、対象は少なく、コストは高く、失われたものは大きい。上へ、左へ行くほど、対象は多く、まだ何も失われていない。だとすれば、医療機関が右下だけを担うことは、最も人数が多く、最も回復しやすい層を、構造的に手放していることになります。当院は、この7つの層すべてに関わっています。次章以降で、各層で何を担っているかを順に説明します。

02 ─ Four Stages of Prevention

7つの層は、予防の4段階と三医に重なる

この階層構造は、公衆衛生でいう予防の4段階と、東洋医学の上医・中医・下医の枠組みに、そのまま重ねることができます。3次予防は治療・リワーク・再発予防であり、すでに病みたる病を治す下医。2次予防はストレスチェック・早期発見であり、病まんとするものの病を治す中医。1次予防は健康増進・発症予防で、上医の入口。そして0次予防──意識しなくても健康的な選択が起きる環境そのものの設計が、上医の本丸です。

その0次予防は、二つの要素でできています。ソフト、すなわち文化の醸成、生き方、働き方。そしてハード、すなわち環境整備。どちらも、本人が健康を意識していなくても作用する点が共通しています。

Figure 2
予防の4段階 治療・リハビリ 健康診断・ストレスチェック 睡眠/運動・ストレス対処/食事 ソフト:文化の醸成・生き方・働き方 ハード:環境整備 3次予防:治療・重症化予防 担い手:主治医・医療機関 下医 2次予防:早期発見・早期対応 担い手:産業医・産業保健師、ラインケア 中医 1次予防:健康増進・発症予防 担い手:セルフケア(本人) 上医(入口) 0次予防:暮らしに根付いた根源的予防 担い手:環境・経営層・会社全体 上医(本丸) 底辺ほど対象は多く、まだ何も失われていない 頂点ほど対象は少なく、失われたものは大きい
図2|予防の4段階と上医・中医・下医の対応。層の幅は対象人数の規模を模式的に表したもので、実測値ではありません。底辺の0次予防ほど対象は広く、頂点の3次予防ほど専門性が高くなります。図1の7層は、この4段階の上に配置し直すことができます。

職場に置き換えると、こうなります。ソフトは、休むと言える空気、相談したことが不利益にならなかった実績、長時間労働を評価しない規範、キャリアの節目に立ち止まる時間があること。ハードは、歩ける動線、自然光と緑、offにできる時間、産業保健にアクセスできる場所と時間帯です。制度をつくることはハードに近く、その制度が実際に使われる状態をつくることがソフトにあたります。

そして、片方だけでは足りません。相談窓口というハードを置いても、使った人が不利益を被る文化が残っていれば、窓口は使われない。逆に、風土をいくら語っても、受診に行ける時間が確保されていなければ、行動は変わりません。0次予防とは、この二つを同時に設計することです。

上医 ─ 未病を治す

病が形になる前に、会社・職場の環境へ働きかける。図1の上層、健康経営と早期発見の領域。

中医 ─ 人を医す

病名ではなく「その人」を、生活・仕事・こころごと診る。ストレスチェックと橋渡しの領域。

下医 ─ 已病を治す

すでに現れた症状・疾患を専門的に治療する。図1の最下層、薬物治療・TMS治療の領域。

上医・中医・下医は、医師の優劣を示す序列ではありません。同じ一人の医師が、この三つを往復することにこそ意味がある。当院の医師が全員、心療内科医であると同時に産業医であるのは、その往復を一人の中で成立させるためです。

03 ─ The Fault Line

なぜ、上層を「知識を配る」だけで終わらせないのか

図1の上層に対して、多くの施策はセミナーやパンフレットという形をとります。しかしそこには、1次予防と0次予防のあいだの断層があります。1次予防は個人が対象です。情報を集め、知識をつけ、意思の力で生活習慣を整える。つまり、やれる人しかやれない。しかもメンタル不調の入口では、その「やれる力」自体がすでに落ちています。

Figure 3
1次予防

対象は「個人」

  • 知識を得て、意思の力で生活を整える
  • セミナーや相談窓口は「使える人」しか使えない
  • 多忙・不調のときに真っ先に崩れる
  • 不調が始まるほど、実行力そのものが落ちる
0次予防

対象は「環境」

  • 意識しなくても回復的な選択が起きる設計
  • 歩ける動線・話せる関係・offにできる時間
  • 研修を「昇進時の必修」として時間ごと確保する
  • 本人の余力に左右されにくい

意思の強さではなく、環境の設計が健康を決めている。

図3|1次予防と0次予防の断層。左は個人の知識と意思に依存する層、右は環境そのものを対象とする層。「やれる人しかやれない」という断層は、最も支援を必要とする層に対して最も強く働きます。

環境が健康を左右することを示す知見は、地域研究の領域で蓄積されています。公園が近い高齢者は運動頻度が高く、食料品店が近い人ほど要介護・認知症になりにくい。歩きやすい街では膝痛・腰痛の人が少ない。そして人と話す機会のある人ほど要介護リスクが低いといった報告があります。最後の一つは、そのまま職場の孤立に読み替えられます。

だから私たちは、上層の関わりを「知識を配ること」で終わらせません。制度は1次予防に似ています。あるだけでは、使える人しか使えない。文化は0次予防です。意識しなくても、その中にいるだけで作用する。前章の言い方に戻せば、制度はハード、風土はソフトにあたります。健康経営がいま「制度の有無を問う段階」から「組織文化として根づかせる段階」へ評価軸を移しつつあるのも、この移行にあたります。

04 ─ Gates Before the Consultation

診察室にたどり着くまでに、いくつもの関門がある

図1の最下層に到達するには、医学的な条件よりも先に、いくつもの生活上の関門があります。人口ベースで受療行動を観察すると、症状を抱える人のうち高度専門医療に到達するのはごく一部にすぎないことが、古くから繰り返し示されてきました。メンタルヘルスでは、そこにさらに固有の関門が加わります。

Figure 4
不調を、不調だと認識できる「疲れているだけ」「自分が弱いだけ」で説明しきってしまわない
受診という発想が浮かぶこころの不調と医療がつながっていると知っている
休みを取れる平日の日中に、理由を説明せずに抜けられる
費用を払える受診・通院を継続できる経済的条件がある
周囲の目を越えられる「精神科・心療内科に行く」という一歩を踏み出せる
診察室に座るすべての関門を通過できた人だけが、下医の前に到達する

関門のほとんどは、医学的な条件ではなく、環境側の条件である。

図4|受診に至るまでの関門(模式図)。幅は人数の実測値ではなく、関門を通過するごとに対象が絞られていく構造を表しています。認識、時間、費用、周囲の目──いずれも治療技術の向上では動かず、職場や社会の設計によって動きます。
だから、設計を逆から始める。いまの社会には「病気にならないと医療にかかわらない」という前提があります。これを反転させ、医療にかかわらなくてもよくなるように、医療の側から働きかける。それは自分たちの仕事を減らす方向に働きますが、医療者の仕事は患者を増やすことではなく、病まずに済む人を増やすことのはずです。

05 ─ Two Views, One Physician

当院の医師は、全員が心療内科医であり、産業医である

ここまで述べてきた「上層にも関わる」という方針は、外部の専門職と連携するという意味ではありません。当院の医師は全員が心療内科医であり、同時に産業医です。臨床医としての視点と、社会・職場を診る視点。この二つを、一人の医師が同時に持っています。

臨床医として

個人を診る視点

  • 症状、睡眠、生活歴、経過を個別に評価する
  • 薬物治療・TMS治療・睡眠生活指導を選択肢として組み立てる
  • 「この人はいつから病んだのか」を、本人の語りから追う
  • 再発しない形での復帰まで責任を持つ
産業医として

環境を診る視点

  • 職場の負荷、動線、関係性、休みやすさを評価する
  • 復職の可否だけでなく、戻る先の条件そのものを検討する
  • 個別事例を、その職場に共通する構造として読み直す
  • まだ不調ではない層に届く仕組みを設計する

同じ一人の不調を、個人と環境の両側から見る。

なぜ、分担ではなく併有なのか

産業保健と臨床が別々の担い手に分かれている場合、両者のあいだには必ず翻訳が必要になります。診断書に書かれた病名は、職場では「どこまで任せてよいか」という問いに変換されなければならない。逆に、職場の一言は、診察室では症状の増悪因子として読み直されなければならない。この翻訳は、通常は書面と面談を往復しながら行われます。

一人の医師が両方の資格と現場を持つとき、その翻訳は同じ頭の中で起きます。診察室で聞いた「上司に相談できなかった」という一言が、産業医としての職場提案に直結する。産業医として見た組織の癖が、次の診察での見立てを変える。上医・中医・下医を往復するというのは、当院にとっては比喩ではなく、日々の業務の形そのものです。

ただし、両方を持つことは万能を意味しません。同一人物が主治医と産業医を兼ねる場合には、立場の分離と情報の取り扱いに配慮が必要です。当院では、どの立場で関与しているかを明確にしたうえで対応しています。

06 ─ What We Do in Each Layer

7つの層で、私たちが担っていること

ここからは、図1の7層それぞれについて、当院がどう関わっているかを説明します。上から順に、対象人数の多い層から並べます。結論から言えば、7つすべてに関わっています。

Self care / 会社全体
健康経営・ビジネススキルとしての健康管理
ストレスやメンタルヘルスへの知識を、働く人自身のスキルとして持つ層。ここが厚いほど、下の層への流入が減ります。
当院の関わり:全社員研修を提供しています。全医師が産業医であるため、この層を「企業側の施策」ではなく医療の射程として扱います。
Line care / 部署全体
不調や異常の早期発見・早期対応
上司・同僚が変化に気づき、職場環境の整備や健康相談につなぐ層。プレゼンティーズムを見逃さないための最前線です。
当院の関わり:管理職研修を提供しています。産業医として職場側に立つため、上司が気づく段階から関与できます。
産業医・産業保健師
ストレスチェックと具体的ケアの実施
事業内スタッフが、集団のスクリーニングと個別対応を担う層。医療と職場をつなぐ結節点になります。
当院の関わり:産業医業務を提供しています。全医師が産業医であり、事業内スタッフの立場でこの層に関わります。
リワーク
ビジネスリワーク(社会復帰を目指す集団療法)
休職からの復帰に向け、生活リズムと就労機能を段階的に取り戻すプログラム。
当院の関わり:ビジネスリワークを提供しています。
カウンセラー
ビジネストラウマトレーニング(心理・社会療法)
職場でのつまずきや対人ストレスに、心理・社会的アプローチで介入する層。
当院の関わり:ビジネストラウマトレーニングを提供しています。
保健師
睡眠生活指導(衛生指導)
不調の入口になりやすい睡眠を、生活習慣の側から立て直す層。薬に頼りきらない回復の土台になります。
当院の関わり:睡眠障害内科を標榜し、睡眠生活指導を診療の柱の一つとしています。
主治医
薬物治療・TMS治療
重症度が高い段階で、薬物療法や薬に頼らないTMS治療を用い、再発予防と回復まで責任を持つ層。
当院の関わり:心療内科・睡眠障害内科として薬物治療を行うほか、TMS治療を提供しています。適応・実施可否は診察のうえ個別に判断します。
7層すべてに関わることの意味は、「受け渡し」にあります。休職や復職の局面で、産業保健と臨床が同じ情報を共有し、双方向にバトンを渡せること。上流だけでも下流だけでも取りこぼす裾野を、両方を見る立場が一緒に見ることで、はじめて「切れ目なく」が成立します。

07 ─ The Map

7つの層と、担い手と、当院の役割

ここまでを一枚に収めます。左から、図1の層、対応する予防段階と三医、職場での担い手、そして当院が担う役割です。

Figure 5
層(図1)予防段階/三医職場での担い手当院の役割
健康経営・ビジネススキルとしての健康管理0次〜1次予防上医会社全体セルフケア提供/全社員研修医療の射程として扱う
不調や異常の早期発見・早期対応1次〜2次予防上医〜中医部署全体ラインケア提供/管理職研修産業医として職場側から関与
ストレスチェック2次予防中医産業医・産業保健師事業内スタッフ提供/産業医業務全医師が産業医
ビジネスリワーク3次予防下医リワーク事業外スタッフ提供/ビジネスリワーク
ビジネストラウマトレーニング3次予防下医カウンセラー事業外スタッフ提供/ビジネストラウマトレーニング
睡眠生活指導3次予防下医保健師事業外スタッフ提供/睡眠生活指導睡眠障害内科として
薬物治療・TMS治療3次予防下医主治医事業外スタッフ提供/薬物治療・TMS治療適応は個別判断
図5|7つの層・予防段階・担い手・当院の役割の対応表。上段ほど対象が広く、下段ほど専門性が高くなります。当院は、この7つの層すべてに関わっています。

08 ─ Why We Do Both

なぜ、医療機関が環境と文化にまで関わるのか

届く範囲が桁違いだから一人の医師が生涯に診られる患者数には限りがあります。一方、一つの研修、一つの経営メッセージ、一つの文化の転換は、その後入社してくる人にまで作用し続ける。医療は個別最適、環境設計は全体最適。両方が要ります。だから当院は、医師個人の関心に任せるのではなく、全員が産業医であるという体制でこれを担保しています。
環境は本人より長持ちするから個人の努力は、多忙や不調のときに真っ先に崩れます。生活習慣改善が続かないのは意思が弱いからではなく、環境が支えていないからです。
公平だから診察室に来られるのは、いくつもの関門を通過できた人だけです。健康格差の是正は、診察室の中では完結しません。
早いほど、失われるものが少ないから同じ不調でも、プレゼンティーズムの段階と、休職に至った段階では、本人が失うものの大きさが違います。上流を厚くするほど、下流への流入は減ります。
臨床がなければ、環境への提言は空論になるから最も大事なのがこれです。制度や文化について語れる根拠は、統計ではなく、診察室で聞き続けてきた「ここに至るまでの経緯」にあります。どの一言が背中を押したのか、どの制度が使われなかったのか、なぜ相談しなかったのか。下医として現場に立ち続けているからこそ、上医として何を変えるべきかが分かる。逆に、産業医として職場を見ていなければ、その語りをどこへ返せばよいかが分からない。片方だけでは、どちらも痩せます。
臨床なき提言は空理に流れ、提言なき臨床は、同じ苦しみを永遠に迎え続ける賽の河原になります。だから私たちは、両方をやります。そしてそれを、個人の心がけではなく、全医師が心療内科医であり産業医であるという体制として持っています。

目指しているのは、図の右下が痩せていくこと

診察室では、目の前の一人の病を治します。薬物治療も、TMS治療も、選択肢として届け続けます。適応や実施可否は一人ひとり個別に判断されるべきものですが、こころの治療において薬物以外の選択肢を持てることは、それ自体が一つの支援です。「選べる」ということ自体が、その人の人生設計を守る。下医として、それは手放しません。

同時に、職場の設計にも関与します。メンタルヘルスを「個人の努力」から「環境の条件」へと移し替える。歩ける動線、話せる関係、感じられる余白。相談しなくても守られる制度。休むことが評価を下げない文化。

インフラとは、使っていることを意識しないものです。上水道を毎朝ありがたく思う人はいません。にもかかわらず、それがなければ健康は成立しない。0次予防が目指しているのは、健康をインフラ化することです。いまだ病まざるものの病を治す──上医のその処方箋は、薬ではなく、文化という剤形をとります。図1の右下、私たちが診察室で診ている領域が痩せていくこと。それが、当院にとっての成果指標です。

Written & Supervised by ─ 心療内科医/産業医

田中

専門:心療内科・睡眠障害内科

「こころ・脳・身体」の観点から状態を分解し、診断書の発行だけでなく、再発しない形で社会に復帰し、自立して働ける未来を目指す診療を行っています。臨床医として個人を診ると同時に、産業医として職場という環境の設計に関わっています。当院ではこの二つの視点を医師個人の関心に委ねず、全医師が心療内科医であり産業医であるという体制としています。

FAQ

医療者・産業保健関係者からよくある質問

治療以外の層まで関わることで、専門医療の役割は小さくなりませんか?
むしろ逆だと考えています。裾野を他の層が支えることで、専門医療は本来の重症度に集中でき、薬物治療・TMS治療・再発予防といった役割を深められます。分業は専門性の希釈ではなく、専門性を効かせるための設計です。
0次予防と1次予防は、実務上どう区別すればよいですか?
対象が「個人」か「環境」かで区別します。セルフケア研修や相談窓口の設置は1次予防で、本人の意思と余力に依存します。0次予防は、意識しなくても回復的な選択が起きるように環境そのものを設計する層です。研修を用意することが1次予防、その研修を昇進時の必修として時間ごと確保することが0次予防にあたります。
ストレスチェックを実施していれば、2次予防としては十分ですか?
実施は出発点であって到達点ではありません。結果をどう返し、誰が面談につなぎ、職場環境の改善までどう回すかまでが2次予防の設計です。実施だけで終わると、単発施策の乱発として“制度疲れ”を招きやすくなります。ラインケア研修と組み合わせ、気づく側の力量を仕組みで底上げすることが要点です。
産業医と主治医は、具体的にどう連携するのですか?
産業保健が上流(予防・環境調整・早期発見)を面で支え、主治医が下流(診断・治療・再発予防)を個別に担います。休職・復職の局面で同じ情報を共有し、双方向にバトンを渡すことで、どちらか一方では取りこぼす裾野をカバーできます。
医師が全員産業医であることは、診療にどう表れますか?
診察室で聞いた職場の話を、そのまま職場側の課題として読み直せる点に表れます。復職の判断でも、可否だけでなく「戻る先の条件をどう変えるか」まで同じ医師が検討できます。産業保健と臨床のあいだで通常必要になる翻訳が、同じ頭の中で起きることが利点です。一方で、同一人物が主治医と産業医を兼ねる場面では、立場の分離と情報の取り扱いに配慮が必要であり、どの立場で関与しているかを明確にしたうえで対応しています。

Get Involved

この設計を、
一緒につくる人へ。

予防から治療まで7つの層で支えるという考え方に関心をお持ちの医療者・産業保健関係者の方へ。

本稿は医療者・産業保健関係者向けの解説であり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。TMS治療を含む各治療の適応・実施可否は、診察のうえ個別に判断されます。研修および産業保健業務の提供条件、各プログラムの対象・実施形態・費用については、別途お問い合わせください。