【参加報告】第19回 うつ病休職者の職場復帰支援を考えるフォーラム

【お知らせ】「第19回 うつ病休職者の職場復帰支援を考えるフォーラム」に参加しました

2026年10月21日(水)、東京都主催の「第19回 うつ病休職者の職場復帰支援を考えるフォーラム」に、当院の心療内科医が参加いたしました。

今年のテーマは「シン・ワークライフバランス ― 疲労社会が求める新しい調和のあり方」。職場のメンタルヘルス担当者や産業医・産業保健職の方々を対象に、心身の回復と仕事の両立、休職から復職までを見据えた持続可能な働き方について、さまざまな立場から議論が交わされました。特に印象に残った内容をご紹介いたします。

■はじめに 時間を減らすだけでは、ライフは戻らない
中澤 二朗 先生(高知大学 客員教授)

冒頭では、進行の中澤先生から今年の論点が示されました。働き方改革によって、仕事に浸食されていたライフの「時間」を取り戻す取り組みは進んできました。しかし、時間が減っても頭の中は仕事のまま――ライフが「ワーク意識」に浸食されたままになっているのではないか、という問題提起です。

また、「男女不平等などの〈人間の問題〉を、〈経営の問題〉に矮小化してはならない」という言葉も印象的でした。休職中であっても仕事のことが頭から離れず、十分に休めていない患者さんは少なくありません。日々の診療の実感とも重なるテーマでした。

■講演1『一億総疲労を招くワークライフバランスの盲点』
川上 敬太郎 先生(ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問)

「24時間戦うことが難しい時代、職場で働く姿だけでは、社員の全体像は見えてこない」という問いかけから始まりました。仕事と家庭に追われ、目の前のことに精一杯の人の多くは、人知れず心身を疲弊させていても、誰かに理解してもらうことを諦めているかもしれない――という指摘です。

図1 家庭と両立できる仕事の数は、社会に十分足りていると思いますか
72.5%が「不足」と回答
十分足りている 1.7%おおむね足りている 13.7%不足している 41.4%とても不足している 31.1%わからない 12.2%

出典:しゅふJOB総研 2024年7月調査(n=665)/講演資料より作成

講演では、家庭と仕事を両立する層は在宅勤務など柔軟な働き方を求めている一方、仕事に専念できる条件が整えばフルタイムや管理職を希望する人は増える(「希望の二重構造」)ことが示されました。共働き世帯の増加や男性の育休取得も進み、「仕事と家庭の両立」はもはや女性だけでなく男性の課題でもある――いわば「一億総しゅふ化」の時代です。

さらに、家事・育児・介護などいつの間にか増えている家庭の「ステルス負担」について、総量がいまのままでは、ワークライフバランスをとっても夫婦ともに負担過多になると指摘されました。心身の疲れ度合いを把握し、家庭事情も考慮したマネジメントこそが「成果」の鍵になる、というまとめが印象的でした。

■講演2『AI時代の企業に求められるWell-being』
武田 雅子 先生(ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社 社外取締役)

情報を探す、要約する、資料をつくる、データを分析する――こうした作業をAIが担うようになり、人には問いを立てる、優先順位を決める、判断する、人と対話し巻き込むといった仕事の比重が高まっています。若手にも早い段階から「判断する力」が求められるようになり、従来の「下積み」を通じた育成モデルも見直しが必要になっている、というお話でした。

そのうえで示されたのが、「疲労の質が変わる」という視点です。

図2 疲労の質が変わる
これまで見てきた負荷これから見落とせない負荷
自分で作業する→AIの出力を監視・評価・修正する
作業量の多さ→判断回数・例外処理・切り替え
一つの仕事の中で→複数のAI・複数プロセスの同時進行
明確な役割→自分の価値や役割が揺らぐ不安
安定した仕事→越境と実験を続ける緊張
労働時間→質とスピードからくるストレス

講演資料より作成

こうした新しい負荷を捉える言葉として紹介されたのが「AI brain fry(AI脳疲労)」です。

図3 「AI brain fry」を感じている人の割合
約6%法務系の
AI利用者
14%AI利用者
全体
約26%マーケティングの
AI利用者

米国大企業のフルタイム従業員1,488人を対象にした調査。霧がかかったような感覚、集中しにくさ、判断の遅れ、頭痛などが語られました。※臨床的な診断名ではなく、新しい負荷を捉えるための言葉です。

出典:BCG 米国フルタイム労働者1,488人調査(2026)/HBR(2026)/講演資料より作成

AI脳疲労は、長期的なストレスの蓄積から消耗に至るバーンアウトとは少し異なり、複数のAIの監督・切り替え・評価から生じる急性の認知疲労と整理されていました。決断力の低下やミスの増加につながることも指摘されています。

これからのWell-beingには、「認知負荷」(判断やAI出力のレビューが増えていないか)、「役割と心理」(自分の価値への不安が生まれていないか)、「回復」(仕事から離れて回復できているか)という新しい観点が必要ではないか。そして「AIをどれだけ使ったか」ではなく、「働く人に何が起きているか」を見る――という締めくくりの言葉が心に残りました。

■講演3『ワークライフバランスからライフワークバランスへ』
菅原 誠 先生(高知大学 客員教授/労働衛生コンサルタント)

精神保健の現場から、休職・長時間労働・不登校・自殺といった問題を、「シン・ワークライフバランス」の視点で問い直す講演でした。

まず示されたのは、休職が企業にもたらすコストです。内閣府男女共同参画局の試算では、従業員100〜999人規模の企業で、年収約600万円の30代後半の男性社員がメンタルヘルス不調で6か月休職し、完全復職までに3か月かかったケースの場合、周囲の従業員の残業代や休職者の給与などを合わせた企業の損失コストは約422万円にのぼるとされています(休職前3か月:99万円、休職中:224万円、復職後3か月:99万円)。

社会全体で見ても影響は大きく、2025年に発表された全国約2万7千人を対象とする研究では、メンタルヘルス不調による生産性損失は年間約7.6兆円(GDPの約1.1%)と推計されています。そのうち約7.3兆円は、出勤していても本来の力を発揮できない「プレゼンティーイズム」によるもので、欠勤・休職(アブセンティーイズム)による損失は約0.3兆円にとどまります。一方で、企業がメンタルヘルス対策に投資した費用に対して得られる便益は約7倍とされ、休職者への支援を充実させている企業ほど便益が高いという調査結果も紹介されました。

また、長時間労働は事故や健康リスクとも関連しています。米国の若年労働者を追跡した調査では、長時間労働をした人は業務上の事故・疾病のリスクが約1.2〜1.6倍に高まり、WHO・ILOは週55時間以上の労働で脳卒中や心疾患による死亡リスクが高まると報告しています。

では、いまの社会の疲労は何が違うのでしょうか。菅原先生は哲学者ビョンチョル・ハンの『疲労社会』を引きながら、量的・質的に「働かせられる疲労」だった従来の疲労に対し、現代の疲労は「自らを働き続けさせる疲労」だと指摘されました。AIやDX、人手不足、情報過多による仕事の高速化・高密度化。仕事と私生活の境界があいまいになり、「もっとできるはず」と自分を追い立て、リスキリングの圧力やSNSでの比較にさらされ、休んでいる自分に罪悪感を抱く――。その結果、「仕事をしていない時間」が「回復している時間」になっていない(心理的にはいつも仕事中)という状態が生まれ、回復できない疲労がメンタル不調の増加につながっているといいます。

だからこそ、これから求められるのは、短時間でより多くの成果を出す「生産性」だけでなく、疲弊せずに再び働き、学び、創造し、人とつながる力を維持・再構築する「再生産性」です。そのためには、疲弊する前に回復できる環境(身体と心の休息がとれる、相談できて孤立しない、失敗しても戻れる居場所がある)に加え、「何のために、なぜ働くのか」を問い直し、「またできる」という自己効力感を取り戻す「意味の回復」が必要だと語られました。

具体的には、心身の回復を生活の中心に置くことが提案されました。勤務時間外もすぐ仕事に応じられる状態でいることは回復を妨げるため、仕事から心理的に離れる時間が欠かせません。休日を「仕事のための回復時間」だけにしないこと、家族やパートナーとの時間、職場以外の友人や地域とのつながり、そして趣味や遊びといった「生産性のない時間」の価値を見直すこと――何かを生み出すためではなく、ただ生きるための時間が、レジリエンスを支えるというお話は、日々の診療で患者さんにお伝えしたいことそのものでした。

特に印象的だったのが、疲労が親から子へ、子から親へと連鎖していくという「世代間連鎖モデル」です。

図4 疲労社会における世代間連鎖モデル
親世代長時間労働・常時接続↓睡眠・休息・交流の減少↓慢性疲労・孤立・無力感↓親のメンタル不調
家庭機能の低下
子ども世代学校ストレス・睡眠不足↓孤立・不安の増大↓自己肯定感・所属感の低下↓不登校・自傷などの
リスクの増大
親 → 子への影響情緒の不安定化、放置による気づきの遅れ
子 → 親への影響不登校による離職・看病の負担、親の心理的負荷の増大

講演資料(菅原誠先生)より作成

研究データでも、親のメンタルヘルスの問題は思春期の子どもの自殺念慮のリスクや、不登校の強い予測因子となることが報告されており、不登校は自傷や自殺念慮とも関連しています。一方で、子どもの不登校をきっかけに親が仕事を辞める「不登校離職」は母親の約20%(父親は0.7%)にのぼり、不登校・行き渋りの影響で「収入が減った」家庭は約半数という調査もあります。親の不調は子どもの不登校や自殺リスクを高め、子どもの不調は親の就労と心身にはね返る――職場のメンタルヘルスは、家庭や次の世代の問題とも切り離せないことを改めて感じました。

そのうえで、「親に子どもを支えてもらう」のではなく、「親が子どもを支えられるように、まず親の生活を支える」という視点への転換が必要だと示されました。自殺や不登校は「弱い個人」が生み出す問題ではなく、疲労し、孤立し、回復する時間と場所を失った社会の中で生じる現象である――。だからこそ、相談窓口の設置やゲートキーパー養成といった従来の取り組みに加えて、「疲弊し続けなくても生きられる社会」への再設計が必要であり、これこそが「シン・ワークライフバランス」である、というお話でした。

職場復帰支援(リワーク)についても、新しい考え方が示されました。これまでのリワークが「休職者を職場に戻す」「再発しないため」のもの(re-Productivity)だったのに対し、これからのリワークは「再び働ける生活基盤をつくる」「持続可能に生き、働くため」のもの(Regenerativity=再生産性)だといいます。

そのためには、医療だけでなく職場・家族・社会参加を含めた多面的な支援が必要です。家族との関係、仕事から離れる時間(趣味や余暇)があるか、自分の限界を認識し援助を求められるか、仕事以外の人間関係を保てるか――。さらに、疲弊や病気、休職などによって失われた「自分と世界とのつながり」を取り戻す「意味の回復」、つまり「なぜ私は働くのか」「どんな働き方なら自分らしく生きられるのか」を問い直すことも大切だと語られました。

リワークを単なる復職のためではなく、人と人、医療・職場・地域をつなぐ「社会的処方」として捉える視点も紹介されました。社会的処方は英国NHSなどで広がっている考え方で、医師が「治療」だけでなく、人と人とのつながりを「処方」するというものです。

講演の締めくくりでは、ワークライフバランスとは仕事と生活を「X:Y」の比率にすることではなく、「働くこと」と「生きること」が互いを損なわない循環をつくることだと語られました。「壊れてから休む社会」から、仕事・生活・回復・関係性・自己決定を大切にする「疲弊し続けなくても働き、生きられる社会」へ。AI時代に必要なのは人間をさらに効率化することではなく、人が再び回復し活動できる状態を社会として保障すること――という言葉が、フォーラム全体のテーマとも深く重なりました。

■パネルディスカッション『シン・ワークライフバランス時代の再生産について考える』

見失ってしまった「ライフのものさし」をどう取り戻すのか。まだ言葉として定まっていない「再生産性」とは何か、その分母は何か。そして、働く人も企業も「このまま」でよいのか――という問いをめぐって議論が交わされました。

■参加して

今回のフォーラムを通じて、「職場で見えている姿」と「その人の生活全体」の両方を見ることの大切さを改めて感じました。

職場で落ち着いて見えていても、家庭での負担によって疲れが抜けていない方もいます。また、休職している間に職場の業務やツールが大きく変わっていることもあり、復帰後は作業量だけでなく、判断や確認の回数、仕事の切り替えの多さ、役割が変わることへの不安にも気を配る必要があります。時間を減らすだけでなく「頭の休息」がとれているか、復職のゴールを「元どおり」に置きすぎていないか――主治医・産業医・職場が、ご本人の同意のもとで情報をつなぎながら支えていくことが大切だと考えています。

当院では、AIの利用などによる脳の疲れ(認知疲労)についての治療も行っています。集中しにくい、判断が遅くなった、頭に霧がかかったように感じるといった状態が続いている方は、お気軽にご相談ください。
→ 脳疲労(認知疲労)の治療について詳しくはこちら

また、休職・復職に関するご相談もお受けしています。今回得た学びを、日々の診療と職場の皆さまとの連携に生かしてまいります。

※気分の落ち込みが続く、眠れない、仕事に行こうとすると体調が崩れるといった状態が続くときは、早めに医療機関へご相談ください。「消えてしまいたい」「死にたい」という気持ちがあるときは、ひとりで抱えず、すぐに受診や相談窓口をご利用ください。