日々、さまざまな状況に対して感情をいだくのも、またそれらにつき動かされて行動をおこすのも、すべては脳の反応によって引き起こされています。
職場では、人前での発言や発表など、対人場面における状況で過度の不安や緊張から恐怖心が生じたり、上司や同僚といった人間関係に不安を感じたり、周りの人の視線や動きが気になり仕事に集中できないといったことがあります。職場に行こうとすると恐怖に駆られてパニック発作を起こし、電車に乗ることができずに通勤が困難になるケースもあります。このような状態になると、社会生活に支障が出て本来の能力を発揮する機会が減り、自信も喪失してしまいます。
では、脳の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。
数々のストレスに対して恐怖や不安の感情が発生する過程において、脳内の「扁桃体(へんとうたい)」という部分が重要な役割を果たすことがわかっています。
目次
扁桃体の場所と役割
扁桃体は、脳の左右にある神経細胞の集まりで、アーモンドのような形をしていることから「扁桃(アーモンドの和名)」という名前がついたと言われています。目の奥あたりに位置しています(図の赤い部分)。
扁桃体は、情動と感情の処理や直観力、ストレス反応に重要な役割を果たしており、主に、「恐怖」「不安」「緊張」「怒り」などのネガティブな感情に関わっています。
扁桃体は、何かを見たり聞いたりしたとき、その情報の内容というよりも、それが自身の命に関わるものであるかを一瞬で評価します。刺激に対して扁桃体が「不快」と判断すると、「視床下部」というところからストレスホルモンが分泌されます。その結果、血圧や心拍数が上がったり、筋肉が緊張したりといった自律神経の反応(=交感神経の緊張)が起こり、それに伴って動悸や手足の震え、発汗、吐き気といった身体症状が現れます。これが、いわゆる情動反応(闘うか逃げるか反応)です。
例えば、目の前に、ヘビのようなものが見えたとします。意識が「ヘビだ!」と気づくよりも早く、映像が目に飛び込んでからわずか40ミリ秒後には扁桃体が興奮し、「これは危ない!」と評価した結果、身体はとっさに逃避体勢をとります。それと同時に、心の中に「嫌悪感」という感情がこみ上げてきます(中にはヘビが好きな方もいますが・・・)。
また、扁桃体には顔の表情に反応する「顔反応性細胞」が多数存在しており、身体感覚の感じ方によって見えてくる顔表情イメージが異なります。メンタル不調の人は、頭痛、肩こり、腰痛、胃痛、顔のこわばり、といった身体緊張が起きやすいという特徴があります。そして不快な身体情報が脳に送られることで、扁桃体では恐怖、不安、嫌悪感といったネガティブな感情を感じさせる「嫌悪系顔表情イメージ」が作られます。このフィルターを通して人の顔を評価するので、周りの人すべてが自分にとって怖い存在だったり敵に見えたりします。そうなると仕事で問題が起こった時に、気軽に周りの人に相談できず、一人でその問題を抱え込んでしまってダウンするということになるのです。
さらに、他人が「恐がっている顔」や「怒っている顔」を見ると、扁桃体はより強く反応します。 他人がなにかを怖がっているということは、自分にも危険が迫っているととれますし、他人が怒っているということは、自分への攻撃となり危険そのものになります。
以上のことから、扁桃体の反応はスピード優先であり、危険だと判断した場合には、身体緊張とともに恐怖、不安、嫌悪感という感情をわき起こすことによって危険を回避し命を守る仕組みになっています。
恐怖や不安という感情を持つことは、本来ならば生存に有利なはずですが、現代社会においては、この感情がマイナスに働いてしまう場面が多くあります。人前での発言、仕事への不満、人間関係の居心地の悪さ、家族の心配、老後の心配、メディアから次々と流れる暗いニュースなど・・・ただでさえ人は恐怖や不安に支配されやすいのです。
扁桃体の過剰な活動が引き起こす問題
たとえば、人前で発言する場面で、過度の不安や緊張で心拍数が上がり、話し方がぎこちなくなる、頭が真っ白になる、言おうとしたことが言えない、などが起こったとします。脳は情動が大きく動いた時の記憶を強く刻み込むので、一度このような嫌な経験をすると、また同じことが起こるのではないかという恐怖心(予期不安)が生じてしまいます。扁桃体が、「人前での発言」=「恐怖」=「緊急事態!」という連想ゲームを始めるのです。理性の脳である前頭前野がそれを意識すると、さらに扁桃体を刺激し続けます。
扁桃体が過剰な活動をし続けると、些細なストレスに対しても過敏に反応してしまい、慢性ストレスとなって不安障害、うつ、パニック障害といった精神障害につながる恐れがあります。さらに、ストレスホルモンであるコルチゾールやノルアドレナリンが分泌され続けると、免疫システムのバランスが崩れて身体と脳に炎症を起こし、免疫力が著しく低下します。炎症で脳の神経細胞が傷害されると、海馬や前頭前野の重要な機能である記憶力、注意力、感情制御、思考、行動にも影響します。ストレスは感情だけでなく、記憶や認知機能にも悪影響を及ぼすのです。
扁桃体が生み出す恐怖や不安という感情が、脳と身体を完全に支配してしまうことを「扁桃体ハイジャック」といいます。突然泣き出してしまったり、衝動的に怒鳴ってしまったり、後で冷静に考えてみると「どうしてあの時あんな行動をとってしまったのだろうか・・・」というような時は、脳が扁桃体にハイジャックされて感情のコントロールが出来なくなってしまっているのです。
心療内科で扁桃体の過剰な活動を抑制する治療法5選
扁桃体の過剰な活動を抑えて、不安や恐怖の感情をうまくコントロールするためにはどうしたらよいのでしょうか?
以下に扁桃体の過活動を抑制するために有効な治療法をご紹介します。
【1】薬物療法
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
神経終末からシナプス間隙へ放出されたセロトニンは主として神経終末に存在するセロトニントランスポーターを介して速やかに取り込まれて再利用されます。この再取り込みを阻害すると、脳内で細胞外セロトニン濃度を増やすことができ、セロトニンの働きを増強することができます。SSRIの作用機序は、「細胞外セロトニン濃度を増やすことによって扁桃体の過活動を抑制する」というもので、セロトニン濃度の低下によって生じる、抑うつ気分、全般的な不安、強迫性障害、パニック障害への効果が期待できます。
SSRIは少量から始めて少しずつ常用量にしていきます。SSRIは効果が現れるまで時間がかかるので、効果が早く現れる抗不安薬を一緒に服用して治療することが一般的です。
【2】TMS治療
理性の脳である前頭前野が、暴走しがちな扁桃体の過活動を抑えてくれるおかげで私たちは感情を上手くコントロールしています。しかし、ストレス状態が長く続くと、前頭前野の働きが低下して扁桃体を制御できなくなり、不安や恐怖の感情が強くなってしまいます。実際、うつ病では、前頭前野にある「背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや)」の活動低下と扁桃体の過活動が認められます。
背外側前頭前野を活性化すること、あるいは、扁桃体の過活動を抑制することで、これらの脳機能を改善に導く治療が「経頭蓋磁気刺激法(TMS)」です。TMS治療は、バランスを崩している脳部位に磁気刺激を与えることによってダイレクトに効果を引き出します。前頭前野が活性化すると、扁桃体の過活動を抑制する力が回復し、意欲・判断力・思考力が向上します。
【3】ウォーキング
扁桃体の過剰な活動にすぐに対処したいときには、「体を大きく動かすこと」が効果的です。その中でも手軽に取り組むことができるのが「ウォーキング」です。適切なウォーキングよって、セロトニン、ドーパミン、βエンドルフィンといった、気分をポジティブにする脳内ホルモンが増えることがわかっています。さらに、ノルアドレナリン、アドレナリン、コルチゾールといった、ネガティブ感情や身体の不調の原因となるストレスホルモンの分泌を抑えることで、扁桃体の過活動を鎮静化させ、慢性ストレスによる不快な症状や気分の落ち込みに対して改善効果が期待できます。
<ウォーキングの効果>
気分をポジティブにする脳内ホルモンの分泌量を増やします。
<ウォーキングのやり方>
時間:健康的なウォーキングは30分くらい、楽しいと感じる時間で切り上げるのがおすすめです。
距離:3kmくらいがおすすめです。「楽しく歩ける距離を歩く」というのを重要視しましょう。
速度:人間の歩行速度は時速4kmといわれますが、ウォーキングの時は「いつものペースよりも気持ち早足かな?」くらいがおすすめです。周囲の景色を楽しめるスピードがベストです。
上記のやり方はあくまでも目安で、ウォーキングを続けるコツは頑張り過ぎないことです。あまりこだわらず、その日の気分や体力に合わせて無理なく続けましょう。初めのうちは、「少し物足りないかな?」くらいで良いと思います。ウォーキング仲間と一緒に季節の移り変わりや、今まで気づかなかったお店を発見できたりすると楽しいですね。
【4】マインドフルネス
マインドフルネスストレス低減法とは、マサチューセッツ大学の医学部が開発した宗教性を一切排除した瞑想法です。ストレス軽減や集中力や創造性が上がる効果があり、アメリカの大企業や有名大学、世界中の各分野で活躍している著名人など、多くの人がこの瞑想法を取り入れています。10分間を2か月間続けた結果、身体の不調が35%、心の不調が40%軽減されたという大規模な医学研究もあります。
<マインドフルネスの効果>
マインドフルネスがストレスに効く理由の一つは、マインドワンダリングから抜け出すことによって扁桃体の暴走を抑えられることです。マインドワンダリングとは「過去や未来のことを想像してあれこれと考えてしまうこと」で、過去を振り返って後悔したり怒りがこみ上げてきたり、未来を想像して不安になったり心配事が増えたりと、常に考え事をしていてそれがストレスになっているのです。生活している時間の半分はこの状態にあるといわれています。そこで、「今この瞬間」だけに意識を向けて瞑想することで、脳を休ませることができます。脳をしっかりと休ませれば気分が落ち着き、マインドワンダリングから抜け出せます。また、コルチゾールが減ることにより、海馬の神経細胞が5%増加したという研究もあり、記憶力や想像力などをつかさどる海馬の機能が上がることも分かっています。まずは10分間でいいので、続けてみることをお勧めします。
<マインドフルネスのやり方>
最初は、10~15分を目安に行います。
(1)背筋を伸ばして、両肩を結ぶ線がまっすぐになるように座り、目を閉じる
脚を組んでも、正座でも、椅子に座っても良いです。「背筋が伸びてその他の体の力は抜けている」楽な姿勢を見つけて下さい。
(2)呼吸をあるがままに感じる
呼吸をコントロールしないで、ただその動きを感じてください。鼻から息が入ってきて、お腹が膨らみ胸が上がっていって、鼻から空気が抜けていくことに注意を向けてそれだけを追いかけていくようにします。身体の動きの変化を「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と実況すると感じやすくなります。
(3)わいてくる雑念や感情にとらわれない
単純な作業なので、やがて「メールしなくちゃ」「ゴミ捨て忘れちゃった」など雑念が浮かんできます。そうしたら「雑念、雑念」と心の中でつぶやき、考えを切り上げ、「戻ります」と唱えて、呼吸に注意を戻します。「あの人の言動には腹が立つ」など考えてしまっている場合には、感情が動き始めています。「怒り、怒り」などと心の中でつぶやき、「戻ります」と唱えて、呼吸に注意を戻します。
雑念が浮かんだことに対しては、「浮かんできたな~、では今に戻ろう」と、ただ淡々と処理をして、今の瞬間だけを感じるように意識します。
(4)身体全体で呼吸するようにする
次に、注意のフォーカスを広げて、「今の瞬間」の現実を幅広く捉えるようにしていきます。
最初は、身体全体で呼吸をするように、吸った息が手足の先まで流れ込んでいくように、吐く息が身体の隅々から流れ出ていくように感じながら、「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と実況を続けていきます。
(5)身体の外にまで注意のフォーカスを広げていく
さらに、自分の周りの空間の隅々に気を配り、そこで気づくことのできる現実の全てを見守るようにしていきます。
自分を取り巻く部屋の空気の動き、温度、広さなどを感じ、さらに外側の空間にも(部屋の外の音などに対しても)気を配っていきます。それと同時に「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と実況は続けますが、そちらに向ける注意は弱くなり、何か雑念が出てきたことに気づいても、その辺りに漂わせておくようにして(「戻ります」とはせずに)、消えていくのを見届けます。
(6)瞑想を終了する
そっと目を開けていきます。伸びをしたり、身体をさすったりして、普段の自分に戻ります。
【5】コーピング
コーピングとは、「ストレスに対して意図的に行動する対処法」を意味します。自分のストレスを客観的に観察し、自分に合った対策を行います。
<コーピングの効果>
慢性ストレスから抜け出す方法として重要なことは扁桃体の暴走を抑えることです。コーピングには扁桃体の暴走を止めることが期待できます。あらかじめストレスに対する手段をしっかり用意しておいて、ストレスを認知した場合に、ストレスに見合った手段を自分で選んで実行し、どれが効いたのか検討します。この一連の「自分で考える」という作業が、思考や意欲や実行機能をつかさどる前頭前野を活性化することにつながり、前頭前野の本来の働きである「扁桃体の暴走を抑える」ことによって慢性的なストレスから解放されるのです。
<コーピングのやり方>
代表的なコーピングの手法をご紹介します。
(1) ストレスに対してどんな気晴らしや対策を行えば効果的かをリストアップします
ストレスを感じたときに、「どんな気晴らしをしたら気分がよくなるか?」を考えて、数十個~100個とできるだけ数多くリストアップすることから始まります。「100個も思いつかないよ~」と思うかもしれませんが、どんなに小さなことでもいいですし、ストレスが下がる場面や行動をイメージするだけでも立派なストレス対策になります。また、「対処したい気持ち別」で考えてみると案外思いつくものです。リストをつくるだけでもストレス発散になりますので、ぜひ自分だけのコーピングリストを作ってみてください。
<コーピングリストを作成するためのポイント>
①思い立った時にすぐにできるもの
時間を問わずにできること、自宅に居ながらできること、一人でもできることがおすすめです。
②できるだけお金をかけずに気軽にできるもの
③気持ちの変化に合わせて考えてみる
例えば、ストレス発散したいなら「気分がスッキリするリスト」、落ち込みに対処したいなら「気分が上がるリスト」、ヤル気が出ないなら「モチベーションが上がるリスト」という感じに分けておきます。
(2) 実際にストレスがかかった時、それがどういうストレスなのかモニターします
私たちの不安や心配は、頭の中を「ふわふわ漂っている状態」にあります。不安や恐怖という敵を把握できていないから、それに振り回されて悩むのです。弱いストレスか強いストレスか、自分の身体にはどのような反応として現れたか、例えば心臓がドキドキする体の反応か、気分が沈む心の反応かを客観的に観察します。そうすると、「この程度の小さいものなら何とかなりそうだ」「中くらいのは、周りと相談すれば何とかなりそうだ」「強いのは、手に負えないものだから逃げるが勝ち」と、ストレスの全容を知ることができて適切に対処できます。ここで大切なのは、「不安や恐怖に振り回される」のではなく、「不安や恐怖を自身で制御する」といった思いに変えることにあります。小さな問題が解決できるようになると、次の問題も解決できるようになってきます。
(3)そのストレスに見合った気晴らしや対策を行います
そして、ストレスを感じた時にコーピングリストの中から1つ選んで実行に移します。身体に反応が現れることが多い「頑張るストレス」の時には、音楽を聴いてリラックスするなど、気分を鎮めるものが効果的と考えられています。逆に、心に反応が現れることが多い「我慢するストレス」の時には、カラオケで盛り上がるなど、気分を上げるものが効果的と考えられています。人それぞれ最適なストレス解消法が異なります。自分の性格や特徴を理解した上で、ストレスを受けた時にどのように対処すればラクになるのか、あるいはどうしたら未然にストレスを回避できるのかを知っておく必要があります。
(4)その結果、ストレスが減ったかどうかを自分で判断する
どのコーピングに効果があったのか?効果がなかったのか?を検証していき、効果があった気晴らし法を見つけ出します。まだストレスが残っていたら、もう少し続けてみたり、別のコーピングに切り替えます。このように、自らのストレスの観察と対策を意識的に繰り返していきましょう。
心療内科で扁桃体の過剰な活動が抑制する治療法を見つけよう
当院で行っている「扁桃体トレーニング外来」は、筑波大学名誉教授である宗像恒次博士が提唱した「情動認知行動療法SAT法」を基にしています。扁桃体の過剰な反応が身体症状として表れることに着目し、安心した場の中で身体へアプローチすることによって扁桃体の興奮を鎮める方法をお伝えします。
気質(生まれ持った性質)的に扁桃体の感受性が高い方もいますが、仕事や人間関係で発生するストレスの本質を掘り下げていくと、「自分の感情をうまく表現できていない」ことにも原因があるといえます。例えば、
・苦手なタイプの人と接するとパニックを起こしたり頭が真っ白になる
・相手に気を遣いすぎて、自分の言いたいことが言えない
・自分が他人からどのように見られているかを気にしすぎてしまう
・自分の限界がわからず、キャパオーバーの業務をひとりで抱え込んでしまう。
・自分に自信が持てない、自己肯定感が低く自分のことを無価値だと感じる
これらの項目に多く該当する方は、扁桃体が興奮しやすい環境で育ってきた可能性が高いといえそうです。
SAT療法は、左脳的な機能である合理性とか思考とか、「理屈」だけで物事を片付けるのではなく、右脳的な直感やイメージの機能をカウンセリングの過程で使っていく「感情重視」の技法です。右脳は、「感情の明確化」という共感を通して、心理的に安心感のある場所で作動します。人は誰でも自分の問題は自分で解決したいと思っているはずです。過去のつらい出来事や現在の否定的な状況を今後どのように捉えていくのかは自分自身の反応で変えることができ、それが「自己成長」でもあるのです。扁桃体の過剰な活動で不安や恐怖のループに捉われてしまってお困りの方は、ベスリクリニックへご相談ください。