ストレスマネジメントを知ろう

「ストレスが溜まった」、「ストレス社会」など「ストレス」という言葉は日常的に使われる言葉になりました。実際、2015年には企業において「ストレスチェック制度」が義務化されるまでになり、休職者が職場復帰をするためのリワーク(復職支援)プログラムでも多くの施設で「ストレスマネジメント」を行っています。また、直近のアンケート調査でも、心理士は「ストレスマネジメント」の技能を今最も必要としているとの結果(214名中127名)が出ており、現場からの強い要請があることが分かります(下山, 2020)。

このような現状を見ただけでも、「ストレス」や「ストレスマネジメント」という考え方を知っておくことは、精神疾患の有無に関わらず、これから多くの部下を抱えることになる人にとっても、大切なことと考えられます。

今回は、「ストレス」の考え方や、「ストレスマネジメント」という支援が実際にどのように行われてきたのか、これまでの研究や実践から学んでいきましょう。

「ストレス」の概念

ここではストレスを定義したハンス・セリエの考え方と有名なラザルスとフォルクマンの心理社会的ストレスモデルを紹介します。

セリエは、ストレスを単に悪いものとせず、二つに分けました。そのときは辛くても達成の喜びがあり、人生をよりよく生きようとするための原動力となる「善玉ストレス」と、ため込むことで病気や問題行動の誘因となる「悪玉ストレス」です。そして前者の最大化と後者を最小化すること、バランスを調整することが大切だと考えました。

これに対してラザルスとフォルクマンは、ストレスの原因となる刺激や要求といった「ストレッサー」と接触し、そのときに「認知的評価(脅威的か、嫌悪的か、自分で対処できるかどうか)」や「対処行動(コーピング)」を行い、その結果対処しきれないときに「ストレス反応」が心理的、行動的、身体的に表れる考えました。このモデルでは、刺激の受け止め方や感じ方といった認知的評価を変えていくことや、対処行動を新たに獲得することなどがストレスへの対処として有用であることが分かります。

次にストレスマネジメント教育が実際、どのように行われるか見ていきましょう。

ストレスマネジメントの理論的背景

ストレスマネジメント教育とは、4つの段階で成り立つと言われています(山中ら, 2000;松木ら, 2004)。 

1、ストレスとは何か 

「1. ストレスの概念について」で書いたように、最初にストレスという概念や様々な理論を知っておくことが重要となります。

2、自分のストレス反応に気づく

方法としては、ストレスチェックを活用して自分のストレスの度合いを測定する方法や、ストレスに対する自分の受け止め方の特徴を知ること、自分のストレスへの対処法の特徴を知ることが含まれます。ストレッサーを制御できることがわかれば、ストレスの度合いは低下します。

3、ストレス対処法を習得する

ストレスの対処法については、ペイテルの技法の分類(Patel, 1989)が有用と言われていますので、それを紹介します。その中のいくつかは、後の具体例でもう少し詳しく説明します。

・呼吸法:腹式呼吸法、イメージ呼吸法、カウンティング法など

・身体的リラクセーション:漸進的筋弛緩法、動作法、自律訓練法、ヨーガ、バイオフィードバック法など

・精神的リラクセーション:瞑想法、イメージ法、座禅など

・コミュニケーションスキルの向上:様々な感情教育、アサーション・トレーニング、アンガーマネジメント

・認知的方略:気づき、積極的セルフトーク、認知のしかたの変換、問題解決スキル

・栄養と健康的なライフスタイルの確立:栄養摂取、体重コントロール、禁煙など

・体力の改善:ストレッチング、ウォーキング、ジョギングなど

・ソーシャルサポート:情緒的支援、物質的支援、情報的支援

・対人スキルの向上:敵意、攻撃タイプへの対処法、不平不満タイプへの対処法など

こういった技法の中で自分に合うものを活用していくことが大切だとされています。

4、ストレス対処法を活用する

最終的には習得した対処法を用いてストレスをよりよく生きるための活力として使うことができるようになります。

次に、実際に、ストレスマネジメント教育の一環としてどのようなプログラムが

行われているのかをいくつか見てみましょう。

ストレスマネジメント教育の実際

・漸進的筋弛緩法(Jacobson, 1929)

ジェイコブソンによって開発された、心身のリラクセーションを段階的に得るための方法になります。元々の方法では40分以上かかると言われているため、成瀬(1988)の「自己コントロール法」が用いられることが多い。この方法は、「身体の部位に力を入れ、その状態を保持し、力を抜く」という緊張と弛緩を繰り返して全身をリラックスできるようにする方法になります。

・自律訓練法(シュルツら, 1987;佐々木, 1976;松岡ら, 2009;中島ら, 2015)

シュルツの開発した技法で、自分で自身に行う自己催眠を用いて行うリラクセーション法です。手足の重感、温感、自然な呼吸といった生理学的な状態に注目しており、それらが感じられるように、安定していくようにしていきます。学校や集団を対象にした方法では、7つの暗示文からなる「標準練習」と言われる方法が良く用いられています。

・呼吸法(村木, 1988;大場, 2019;大場, 2019)

白隠禅師の三呼一吸法という丹田呼吸法など多くの呼吸法が存在しており、心身の健康法としても有用です。三呼一吸法は、丹田に力が入るよう上半身を少し前傾させ、三回に分けて息を吐き切り、その後自然と空気が入るのに任せて空気を吸うことを繰り返す方法です。また、本来の呼吸である身体呼吸に焦点を当てた身体呼吸療法という治療法も存在しており、呼吸が深まることで不眠や不安が改善すると言われています。

動作法(成瀬, 2000;成瀬, 2014)

動作法は、心身の不調として現れた慢性緊張(凝り)や動作の不調に着目した方法で、脳性麻痺の治療に始まり、うつ病や高齢者など適応範囲が広がっていった日本由来の精神療法の一つです。具体的には、慢性緊張や動作の不調に対して、動作課題という簡単な動作(肩を上げる、腕を上げる、座るなど)を援助者の力を借りて正確に行えるようにすることを通じて、緊張を取り、動作がスムーズに行えるようになることを目的とする方法です。

ストレスマネジメントとしては、身体の緊張を緩めることを通じてリラックスした状態を感じられることや、援助者との信頼関係が育まれるなどコミュニケーションへの効用があります。

・アサーション・トレーニング(平木, 2009

さわやかな自己表現とも言われます。自分も相手もお互いが尊重され、傷つかないようなコミュニケーションを練習する方法です。一番有名なのはDESC法といって話の内容を4つの要素に分割して整理して分かりやすいコミュニケーションを行う方法です。

・エゴグラム(交流分析による自我の自己分析)(倉成, 2015; Eric, 1972 ;Ian, 1992)

エリック・バーンによって創始された交流分析という理論から、ジョン・M・デュセイが考案したもので、5つの自我状態(まとまった感情や体験のパターンのことで、子どもの頃のものや親から取り入れたものなどのこと)の割合から性格特性や行動パターンを見ていくことを言います。よく使われる検査としては、「東大式エゴグラム」と言われる質問に回答する形の検査があります。自分の心の状態に気づき、そこから他の人とのやりとりの在り方を知り、より気持ちの良い対人関係を築けるようにしていきます。

・PFスタディ(絵画欲求不満テスト)(氏原 & 成田, 2000)

心理検査のため、ごく簡単にだけ紹介します。ローゼンツアイクが創始した欲求不満状況に対する反応傾向から性格傾向を理解する方法となります。

日常に活かすために

分かりやすい関連する書籍を読まれることから始めてみて、一人では難しい技法の場合は、医師や公認心理師などに相談して手伝ってもらっても良いかもしれません。

セルフケアの技法としては、簡単なものであれば、多くのカウンセラーが自己治療の方法について書いている『こころの日曜日』(菅野, 1994)のシリーズを読まれても楽しいかもしれませんし、セルフケアの技法を集めた『心身養生のコツ』(神田橋, 2020)などを読まれてみても良いかもしれません。それぞれの精神療法についてもセルフケアの技法を扱っている本は何冊もあり、『マンガで学ぶ フォーカシング入門』(村山, 2005)など数多く出版されています。

終わりに

今回は前回の「拘禁反応」への対処法としてストレスマネジメントを挙げましたので、現代社会においても重要と考えられている「ストレスマネジメント」について記事にしました。

ストレスマネジメントについてできる限り簡潔にまとめてみました。より詳細を知りたい方は参考文献の一覧から合いそうな本をご一読ください。

臨床心理士 公認心理師 割田 修平


参考文献

Eric M.D. Berne(1972). What Do You Say After You Say Hello? The Psychology of Human Destiny. City National Bank, Beverly Hills, California; Robin Way; Janice way Farlinger. エリック・バーン(2018). 江花昭一(監訳) エリックバーン 人生脚本のすべて 人の運命の心理学 「こんにちは」の後に、あなたは何と言いますか? 星和書店

平木典子 (2009).  改訂版 アサーショントレーニング さわやかな自己表現のために 金子書房

Ian Stewart(1992). ERIC BERNE. SAGA Publications of London, Thousand Oaks, New Delhi and Singapore. イアン・スチュアート(2015). 日本交流分析学会(訳) エリック・バーンの交流分析 実業之日本社

岩崎徹也 (2016). 精神療法 ストレスチェック時代のストレスマネジメント 42-5 金剛出版

Jacobson, E. 1929 Progressive relaxation. Chicago and London : The University of Chicago press.

J.H. Schults & 成瀬悟策(1987). 自己催眠 増訂版 誠信書房

神村栄一(2012). 臨床心理学 特集 ストレスマネジメント 72, 12-6 金剛出版

神田橋條治(2020). 心身養生のコツ 創元社

厚生労働省 (2020). 存外教育施設安全対策資料【心のケア編】https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/010.htm(参照2020-7-28)

倉成宣佳(2015). 交流分析にもとづくカウンセリング 再決断療法・人格適応論・感情処理法をとおして学ぶ ミネルヴァ書房

松岡洋一・松岡素子(2009). 自律訓練法 改訂版 日本評論社

松木繁・宮脇宏司・高田みぎわ(編) (2004). 教師とスクールカウンセラーでつくるストレスマネジメント教育 子どものどんな力を引き出すのか あいり出版

松木繁(編) (2008). 親子で楽しむストレスマネジメント ~子育て支援の新しい工夫~ あいり出版

村木弘昌(1988). 白隠禅師『夜船閑話』に学ぶ 丹田呼吸法 三笠書房

村山正治(監修) 福盛英明・森川友子(2005). マンガで学ぶフォーカシング入門 からだをとおして自分の気持ちに気づく方法 誠信書房

中島節夫(監修) 福山嘉綱・自律訓練法研究会(2015). 臨床家のための自律訓練法実践マニュアル 効果をあげるための正しい使い方 遠見書房

成瀬悟策(1988). 自己コントロール法 誠信書房

成瀬悟策(2000). 動作療法 まったく新しい心理治療の理論と方法 誠信書房

成瀬悟策(2014). 動作療法の展開 こころとからだの調和と活かし方 誠信書房

岡安孝宏(1997). 児童生徒のストレスと学校不適応 九州地区放送公開講座「ストレス社会を健やかに生きるために」 鹿児島大学医学部学務課 101-111

大場弘(2019). 頭蓋療法から身体呼吸療法へ 大場徒手医学研究所

大場弘(編)(2019). 身体呼吸療法の奥義を語る 大場徒手医学研究所

Patel,C. (1989). The complete guide to stress management. Rondom House. 竹中晃二(監訳) (1995). ガイドブック ストレスマネジメント 原因と結果その対処法 信山社出版

佐々木雄二(1976). 自律訓練法の実際 心身の健康のために 創元社

下山晴彦(2020). クイズ:“今”心理職が学びたいスキルとは? 臨床心理マガジンiNEXT https://note.com/inext/n/n915f6732287f(2020-8-14)

菅野泰蔵(編)(1994). こころの日曜日 45人のカウンセラーが語る心と気持ちのほぐし方 法研

氏原寛・成田善弘(編) (2000). 診断と見立て 心理アセスメント 培風館

山中寛・冨永良喜 (2000). 動作とイメージによるストレスマネジメント教育<基礎編> 北大路書房